第104球
あっけにとられた。どうなっているんだ、こいつは…。何なんだ、こいつは…。すべての面でスケールが違っていた。悔しかったが、一ランクも二ランクも、いやもっともっと上のレベルに見えた。震えた。いや武者震いだ、と自らに言い聞かせた…。
予選前の丘陵高校野球部練習場。センバツVチームの環境は素晴らしいものがあった。広大な敷地にはメイングラウンドだけでなく、室内練習場、専用ブルペン、サブグラウンド、筋トレ場まで完備されていた。さらに隣には大きな建物もある。どうやら野球部の専用寮のようだ。プロ並みといっていいかもしれない。ちょっとできすぎ、やりすぎのような設備ではあったが…。
殿檜杉高校のエース・立花恭兵と、その幼なじみの殴取薫、そしてジャイ周こと、スペクトル学園の道空周二の3人はブルペンに移動していた。中には入れないが、外からきれいに見える。そこに薄笑いを浮かべながら、丘陵1年の流鏑馬義が入ってきた。立花たちの視線を意識しながら…。
「義のヤツ、俺らに見てってことだよ。間違いない」
「まったくぅ、義ったらぁ、面白がっているんじゃないのぉ…」
義の中学時代の先輩でもあるジャイ周と義のいとこでもある薫が小声で反応した。
それは完全に大当たりだった。義はこの日、正確にいえば、ついさっき専属コーチの後端(元東京スパークトレーニングコーチ)にブルペン入りを志願し、了承されたばかりだったのだ。
実は遅かれ、早かれ、義の初ブルペンは近日中に実現することになっていた。理由は大黒柱のフリッシュが失踪騒動を起こして、予選出場ができなくなったからだ。笹森監督は捕手だった琴原を投手にコンバートし、捕手には1年生の納谷を抜擢したが、本当は流鏑馬ー納谷の1年生バッテリーでいきたかった。その場合、琴原を外野に回してリリーフ待機させる。肩に不安のある強打の芦屋を一塁にする。そうなれば十分、夏は乗り切れるとの読みだった。
しかし、流鏑馬には将来のプロ入りを逆算して3年生の夏にデビューさせるという青写真が後端コーチによって描かれていた。丘陵に入学したのも、1学年上にフリッシュがいるため、1、2年生時には無理しなくてもいいとの計算があったほどだ。いくらフリッシュのよもやのアクシデント発生とはいえ、デビューを早めるという笹森監督案には後端も飲めなかった。
話し合いはここ数日、続いていた。義もまじえて討議もしていた。もちろん、義は1日でも早く投げたかったのは言うまでもない。丘陵にしてみれば、春夏全国制覇の夢もかかっている。いろんな意見、いろんな案が飛びかったという。
そして決まった。
ここぞ、という場面のみ、打者1人、10球限定での登板が…。
昨年夏、義が由元綱シニア時代にデビューした時と同じ条件だった(*いくらなんでも大事に育てすぎではある。だが、これには事情もあった。それはまた、別の機会となるが…*)
ブルペンに入った義はうれしそうだった。軽く肩を回しながら、またチラリと薫たちの方を見た。
「義、いいか、軽くだぞ」
「20球まで。いいな」
後端コーチと笹森監督が声をかけると、義はうなずいた。
捕手は納谷だった。去年の夏、義とスピード対決をやった絵山シニアのエース。義とは小学生時代からのライバルでもある男がマスクをかぶっていた。
「義! 軽くだぞ!」
納谷も声をかけた。これにも義は軽くうなずいた。
去年の夏からの約束だった。「スピード対決で負けた方が高校でキャッチャーになる。そして勝った相手とバッテリーを組む」というのが…。ともに丘陵進学を目指していたのはお互いわかっていた。もちろん、起用は高校の監督が決めることもわかっていた。どんな時でもいい。1回でもそんなシーンを作ればOKという約束だったという。ところが、はからずも納谷は笹森監督に強肩を買われて捕手に転向となった。あっさり現実となってしまったわけである。
納谷は立ったままだった。いわゆる立ち投げだ。でも見ていた立花たちにはそれだけで十分だった。モノが違っていたという。ボールの回転が違って見えたという…。
*第105球へ http://skylove-s.at.webry.info/200604/article_14.html
予選前の丘陵高校野球部練習場。センバツVチームの環境は素晴らしいものがあった。広大な敷地にはメイングラウンドだけでなく、室内練習場、専用ブルペン、サブグラウンド、筋トレ場まで完備されていた。さらに隣には大きな建物もある。どうやら野球部の専用寮のようだ。プロ並みといっていいかもしれない。ちょっとできすぎ、やりすぎのような設備ではあったが…。
殿檜杉高校のエース・立花恭兵と、その幼なじみの殴取薫、そしてジャイ周こと、スペクトル学園の道空周二の3人はブルペンに移動していた。中には入れないが、外からきれいに見える。そこに薄笑いを浮かべながら、丘陵1年の流鏑馬義が入ってきた。立花たちの視線を意識しながら…。
「義のヤツ、俺らに見てってことだよ。間違いない」
「まったくぅ、義ったらぁ、面白がっているんじゃないのぉ…」
義の中学時代の先輩でもあるジャイ周と義のいとこでもある薫が小声で反応した。
それは完全に大当たりだった。義はこの日、正確にいえば、ついさっき専属コーチの後端(元東京スパークトレーニングコーチ)にブルペン入りを志願し、了承されたばかりだったのだ。
実は遅かれ、早かれ、義の初ブルペンは近日中に実現することになっていた。理由は大黒柱のフリッシュが失踪騒動を起こして、予選出場ができなくなったからだ。笹森監督は捕手だった琴原を投手にコンバートし、捕手には1年生の納谷を抜擢したが、本当は流鏑馬ー納谷の1年生バッテリーでいきたかった。その場合、琴原を外野に回してリリーフ待機させる。肩に不安のある強打の芦屋を一塁にする。そうなれば十分、夏は乗り切れるとの読みだった。
しかし、流鏑馬には将来のプロ入りを逆算して3年生の夏にデビューさせるという青写真が後端コーチによって描かれていた。丘陵に入学したのも、1学年上にフリッシュがいるため、1、2年生時には無理しなくてもいいとの計算があったほどだ。いくらフリッシュのよもやのアクシデント発生とはいえ、デビューを早めるという笹森監督案には後端も飲めなかった。
話し合いはここ数日、続いていた。義もまじえて討議もしていた。もちろん、義は1日でも早く投げたかったのは言うまでもない。丘陵にしてみれば、春夏全国制覇の夢もかかっている。いろんな意見、いろんな案が飛びかったという。
そして決まった。
ここぞ、という場面のみ、打者1人、10球限定での登板が…。
昨年夏、義が由元綱シニア時代にデビューした時と同じ条件だった(*いくらなんでも大事に育てすぎではある。だが、これには事情もあった。それはまた、別の機会となるが…*)
ブルペンに入った義はうれしそうだった。軽く肩を回しながら、またチラリと薫たちの方を見た。
「義、いいか、軽くだぞ」
「20球まで。いいな」
後端コーチと笹森監督が声をかけると、義はうなずいた。
捕手は納谷だった。去年の夏、義とスピード対決をやった絵山シニアのエース。義とは小学生時代からのライバルでもある男がマスクをかぶっていた。
「義! 軽くだぞ!」
納谷も声をかけた。これにも義は軽くうなずいた。
去年の夏からの約束だった。「スピード対決で負けた方が高校でキャッチャーになる。そして勝った相手とバッテリーを組む」というのが…。ともに丘陵進学を目指していたのはお互いわかっていた。もちろん、起用は高校の監督が決めることもわかっていた。どんな時でもいい。1回でもそんなシーンを作ればOKという約束だったという。ところが、はからずも納谷は笹森監督に強肩を買われて捕手に転向となった。あっさり現実となってしまったわけである。
納谷は立ったままだった。いわゆる立ち投げだ。でも見ていた立花たちにはそれだけで十分だった。モノが違っていたという。ボールの回転が違って見えたという…。
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この記事へのコメント
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