第158球

 とにかく無表情だった。喜怒哀楽をどこか置いてきたのでは、と思えるほどの鉄仮面だった。何とも不気味だ。もっとも、それも訓練だったという。東東京代表・真極学園のエース・荒堀浩二は敢えてそうしていた。感情の起伏をコントロールしているうちにそうなっていた…。


 「あと数センチでしょうかぁ、あと数センチのところで明智の打球は切れましたぁ! ファウル、ファウルですぅ!」

 KOSMOS放送の絶叫アナの塁沢高次の裏返った声が響く。


 「うーん。すごいライナーでしたね。ハイ。明智君は荒堀君のストレートをきっちりとらえたかのように見えましたけどね。ポール際、本当にわずかに左でしたね。いやぁ、しかし、すごい打球でしたよ。荒堀君もヒヤっとしたのではないでしょうか…」

 解説の梁池篤和氏(元クールセブン監督)もちょっとだけ声のトーンをあげた。


 「チィーっ。しくじったかなぁ」。打席では明智が悔しそうにつぶやいていた。


 「……」。それでもマウンドの荒堀はまったく無表情だった。


 第2球は内角高めのストレート。これも明智はとらえたかに見えたが、三塁線惜しくもファウル。3球目は外にスライダーが外れて、カウント2-1。そして4球目、荒堀は得意のフォーク。これに明智はあえなく空振りの三振に倒れた。



 「荒堀、見事なフォークボールでしたぁ。いやぁ、なかなかの落差でしたねぇ、梁池さん」

 「そうですねぇ。荒堀君の場合、腕の振りがほぼ同じ感じできますからね。バッターにとって、ストレートと思って手が出てしまうでしょうね。ええ、見極めが難しいですね」

 塁沢アナと梁池氏も荒堀のフォークに感心しきりの口調だった。



 にしき水惣の2番は伊豆見大。北海道・札幌出身の遊撃手だ。守備のスペシャリストだが、打撃も日を追うごとに成長している。甲子園でも初戦に4打数4安打と当たっている。

 「伊豆ちゃん、あのフォークはやっぱり警戒グリグリマークだぜぃ!」。すれ違う明智が伊豆見にささやいた。

 「うん」。伊豆見はこれに短くうなずき、打席に入った。



 荒堀はまた無表情で振りがぶった。内角高めのストレート。伊豆見が強振するが、三塁線に切れるファウルだ。2球目もストレート、今度は真ん中低めにきた。これに伊豆見のバットがドンピシャリのタイミングで反応する。低いライナーが二遊間を…。



 「とらえたぁ! 二遊、…。お、おーっと、これを、ショートの古城が横っ飛びぃ! と、とっています。とっています。ファインプレーぃ! 伊豆見のセンターに抜けるかと思う当たりを古城が大ファインプレー!」(塁沢アナ)

 「うまいですねぇ。古城君は…。あれ以上のタイミングはないって感じでしたね。しかし伊豆見君はやはり当たっていますねぇ。確実にとらえていました。ヒット1本、損したって感じでした。荒堀君は助かりましたね」(梁池氏)



 ユニホームの泥を落とす古城に、サードの高杉が「ナイスショート!」と声をかけた。これに古城も軽く手をあげて応える。もっとも、マウンドの荒堀はこれでも無表情だったが…。



 「3番、ピッチャー・結城君」


 打席に結城が向かった。スーパーエースは打っても打率4割を越す。一発は少ないが、チャンスにも強い。水惣打線のキーマンだ。


 荒堀の鉄仮面ぶりほどではないが、ポーカーフェイスなら、結城も負けていない。クールな表情で右バッターボックスで構えた。

 
 黙々と荒堀は投げる。結城への第1球もストレートだ。内角低め。これを結城は強引に引っ張った。また痛烈な打球が三塁線を襲う。これまた惜しくもファウルだ。第2球は外角へのスライダー。これにも結城はくらいついた。今度は一塁線への強烈な打球、これまたわずかにファウルだ。


 荒堀は1球、外角に大きく外して、カウントは2-1。そして4球目。またまたウイニングショットを投げ込んだ。結城の目がキラリと光った…ように見える。



 塁沢アナがこう叫んだ。

 「さぁ、カウント2-1から、水惣バッテリーはどう出るか。結城に対する4球目。フォークだぁ!」

この記事へのコメント

2006年10月27日 21:36
成果にばかり目がいき、その背景を考慮しない社会。あなたはこんなままでの社会に疑問を感じないのですか?

『アイススケート選手を例にあげると、彼女・彼らが試合で出すスコアや演技、そして賞金には注目がいくのだが、彼女・彼らがそれを達成するまでに彼らが利用してきた(利用することができた)社会資源や基本財にはなかなか目がいかない。幼少期から必要な多額の投資(スケートをするための施設、道具、講師、資金etc.)に耐えられる財力と環境がなければ、彼女・彼らが今、存在していないということも十分解っているはずである。内心で不公平を感じている。それなのに、「成果のみ」評価しがちな社会が今も続いている。・・・その人がもつ社会資源へのアクセスやそれを支えた財力も評価に考慮すべきで、彼らの収入をけずり富は社会に還元すべきである・・・』

http://blog.livedoor.jp/tarotohachinosu/

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