第191球

 声が枯れるまで応援は続いた。勝者と敗者。その熱に変わりはない。このまま勝ってくれ、と祈った。何とか逆転してくれ、と願った。勝っても涙、負けても涙…。真極学園(東東京)、にしき水惣(愛知)両軍サイドのボルテージが一段と上がっていった。


 一歩、一歩グラウンドの感触を確かめながら、歩いた。もちろん、目は死んでいない。開拓精神は忘れていない。気迫も漂う。スタンドの歓声、悲痛な叫びも背に受けながら、バッターボックスに向かった。



 「このまま終わってたまるか!」



 アルプスには父がいた。母がいた。地区予選を戦ったライバルもいた。みんな祈っている。心の底から、応援されている。この展開になっても、そう思えた。その気持ちになれる自分に酔っていたのかもしれない。



 幸せ、とも感じた。自分の大好きなことをやって、なおかつ、周りが声援を送ってくれる。もしかしたら、自分のプレーで泣いたり、喜んだりしてくれているかもしれない。これ以上の幸せモノはいないんじゃないか。なぜか、そんなことまで、考えた。数秒もないくらいの時間ながら…。




 「ウォッシャァァァー!」




 自分でも何を言ったか、よくわからない。覚えていない。ただ叫んだ。マウンドのとてつもない敵に、難攻不落の化け物に…。




 ナインはベンチ最前列に総立ちだった。そこにはエースの顔もある。喜怒哀楽こそ、例によって出さない。だが、目はまだまだギラギラ輝いていた。悔しさもバネだ。




 KOSMOS放送の絶叫アナの塁沢高次が、こう話す。「思わぬ点差になってしまいましたが、真極学園の懸命なプレーが光ります。しかし、それにも増して、すごいのはマウンドの結城亮!」





 ゲームは7回裏にガラリと変わっていた。にしき水惣のトップバッター・明智吾郎が、それまでパーフェクト投球を続けていた真極学園の荒堀のフォークボールをとらえて、スタンドイン。初安打が先制ホームランとなり、水惣打線に火がついた。2番・伊豆見大はボール球の高速スライダーを1球見逃し、2球目をファウルして、3球目のフォークボールをセンター前へ。3番・結城は高速スライダーを3球続けて、ファウルした後、これまたフォークボールをたたいて、三遊間を破った。


 荒堀の伝家の宝刀・フォークボールがものの見事に…。それまで、フォークにまったくタイミングがあってなかった真極打線が明智のホームランから突然変貌だ。捕手の頼橋も首を傾げるしかない。しかし、荒堀は何となくわかっていたという。フォークのコントロール、切れが微妙に悪くなっていたことを…。


 真極・大伴監督も見抜いていた。ここまでのフォーク多投が原因だったようだと…。荒堀には、もともとスタミナに課題はあった。だがフォークを自分のモノにしてから、逆に体力がついたように見えた。あまり好ましくなかったが、相当な数を投げこませた。荒堀も耐えた。そこに高速スライダーが加わり、一気に素質が開花した。バランスがよくなった。真極四天王の一人として、地区予選でデビューさせると波に乗った。だが、強打の水惣相手にちょっとリズムが狂っていたのだろう。パーフェクト投球を続けていたのも、それを見逃す結果になったというところか…。


 遅かった。無死一、二塁で4番・大和竜照は1球目の高速スライダーをカットするようにファウル、2球目は内角高め、のけぞらせるストレートでボール。しかし、大和は腰を引く気配はない。3球目、外の高速スライダーを余裕でカットのファウルだ。ここで頼橋はフォークを要求した。明智、伊豆見、結城と3者続けて、フォークを打たれているのが気になりながらもサインを出した。荒堀も無表情でうなずいた。そして…。



 打たれた。どれだけ甘かったのかはよくわからない。投げた次の瞬間には打球がレフトスタンド中段に突き刺さった。荒堀にはそのくらいに感じた。それほど見事な大和の一発だった。水惣を突き放す3ランだ。


 まだ終わらない。5番・早乙女が右中間二塁打。6番・北斗はセンター前タイムリーで5点目が入る。いずれも高速スライダーをファウルか、見逃し、フォークを打つ、というパターン。頼橋はもうフォークのサインが出せなくなっていた。荒堀はそれでも無表情だった。だが、もうどうすることもできなかった。
 

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