第217球

 守野台(兵庫)ベンチ裏で背番号10・飛浦海斗は右肩を押さえていた。痛くはない。でも重かった。マネジャーの埜口が「かいとB!無理はするなよ」と声をかけた。そして、そこに「そうだ! もう無理はするな。次の回からはオレが行く!」との声が…。


 6-6、延長10回裏無死一塁。スペクトル学園(神奈川)の4番手高維充が守野台・元崎に投じた球は外角に大きく外れた。元崎はバントの構えのバットを引いた。


 敵はもちろん、味方にも初めて見せる高維のアンダースロー。球は走っているように見える。球速も140キロを計測していた。だがコントロールが定まらない。先頭打者にいきなり死球を与え、またもや…。



 「いや、大丈夫だ」。高維は自分にそう言い聞かせた。これは口にはせず、心の中で…。


 それくらい自信はあった。といってもオーバースローよりも自信があっただけだが…。


 しかし、持ち前の目立とう精神から来るクソ度胸は大したものだった。ここから、高維はきっちり、立て直してきた。カウント0-1から速球を外角低めぎりぎりいっぱいのところへ…。元崎にはボールに見えたようだが、これをストライクと判定されて、高維は勢いづいた。



 地を這うようなアンダースローからの速球を内角高めに。元崎はバントしたが、あえなくキャッチャーフライだ。次打者・忍川にも高維の速球がうなる。オールストレートでガンガン攻める。気持ちが勝っているのか、バットにさえも当たらない。空振り三振でツーアウトだ。



 「どうだ!」といわんばかりの高維の顔がテレビの画面にもとらえられた。こんなことを夢見て、アンダースローを練習してきた。まさに理想が現実になったのだから、うれしくてしかたない。


 「いやいや、調子に乗ってはいけない。これもみなさんのおかげなんだから」。高維は必死にそう思った。これまでも、何かうまくいったなって感じたときはそう思うようにしてきた。そうじゃないと、目立ちたがり屋の自分の性格が暴走してしまうことを、よく知っていたから。





 二死一塁。しかし、守野台のベンチ前に11回の守りに備える海斗の姿はなかった。スタンドの海斗マニアたちがざわつきだした。




 「守野台も、ピッチャーば交代するとばいね。あの2枚目1年生も頑張っとったけど、限界だったっちゃろねぇ」。アンドロメダ九州地区調査員の神威小次郎がボソッといった。バックネット裏最上段に陣取るリーダーの大田原健太郎らアンドロメダの面々もそう思った。



 そしてサブリーダーの鬼車寅吉がこう言った。「まさか、ついに出てくるんですかねぇ。彼が…」



 同じようにマスコミも身構えた。首都タイムズのアマチュア担当記者の樹鞍諒一も、もう一度資料を準備した。そこには「1年生の時からプロに注目されてきた投手」と書かれていた。谷神シニア時代に全国制覇も成し遂げた逸材だった。145キロのストレートは球速以上の伸びを打者に感じさせるという。落差の大きいカーブもある。連投になると、調子を崩すようで、過去2年間、甲子園には出ていない。それでもプロの熱い視線は変わらなかった。今夏予選でも、たびたび快投を見せていた。これまで以上に充実している感じだった。ところが…


 

 樹鞍が、ちょうど資料のその部分を読み直していた時だった。守野台サイドに歓声があがった。海斗マニアたちも騒いだ。どよめきが起きた…。

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