第106球

 どうして、こうも次から次へと…。人には平等に運があるはずではなかったのか。運を呼び起こす努力の差なのか。それとも、それが運というものなのか…。人が見違えるほどに、いいように変わると、ついついそう考えてしまう…という。

 また言葉が出なくなった。また驚いた。また怖くなった。また震えた、いや武者震い…。また、ため息をつきたくなった。

 スペクトル学園のジャイ周こと、道空周二はバッグの中から慌ててビデオカメラを取り出した。207センチの巨漢だが、実に手際がいい。流れるような動きで、きっちり、それをとらえた。

「ふーっ、驚かせやがるぜ、まったくアイツは…」

 作業を終えたジャイ周はちょっと気障っぽくつぶやいた。

「まぁ、よかったよ。これを撮ることができて…」

 長い独り言だった。

 
 それにしても、すごかった。丘陵高校1年・流鏑馬義の打撃はハンパじゃなかった。

「ベタな言い方だけど、ボールがピンポン球みたいに軽ーく飛んでいくんだからな」

 殿檜杉高校野球部の立花恭兵は、その幼なじみの殴取薫に語りかけた。

「そうよねぇ…。すごいわよねぇ…」

 薫も腰を抜かさんばかりに驚いたようだ(ちょっと大げさ)。正直、投手の球の速さはちょっと見たくらいでは判断できなかったが、打球の飛距離は見ていれば、わかる。その破壊力に仰天していた。

 義の打球はほとんどが、サク越えだった。ケタ違いのパワーだった。

「アイツ、いつのまに…」

 またジャイ周がつぶやいた。由元綱シニア時代の義の1年先輩にあたる。以前の義の打撃練習はとんでもないほど、ひどいものだった。ブルン、ブルン振り回すだけで、さっぱりバットに当たらない。当たっても、まともに前に飛んでいかない。どうしようもないノーセンスだったという。それが見事なまでに〝別人〟となっていたのだから…。

 義は速い球を投げることを目的に綿密な体作りに励んできた。それこそ、ここでは紹介できないほど、その内容は過酷なものでもあったらしい。実はその練習過程にバットスイングが組み込まれていた。体の使い方、下半身の動き、ピッチングに相通じるものがあったからという。そんな背景もあって、いつしか打撃力もアップしていったようだ(詳しいことはよくわからないが…)

「あれでは〝右のフリッシュ〟じゃん」

 立花は半ばあきれ口調だった。

 丘陵をセンバツVに導いた怪物・フリッシュは失踪騒ぎを起こして、予選に出られなくなった。勝負すれば、ホームランを食らう可能性大、歩かせても、快足を生かして二盗、三盗、投げてもセンバツ1回戦でノーヒットノーランを記録した、とてつもない男が、である。しかし、また出てきた。1年・流鏑馬義の能力はそのフリッシュに近いレベルに立花たちは感じたのだった。

 
 打ち終わった義は薫たちに軽く手をふり、またグラウンドの外に消えていった。まだ何らかのトレーニングメニューが残っているのだろう。

「さ、恭兵、帰ろうか」

 薫が立ち上がった。

「ああ」

 立花も立ち上がった。

「ジャイ周ちゃん、それじゃあね」

 薫はもうジャイ周に別れの挨拶だ。

「そ、そ、それじゃぁ、ま…」

 ジャイ周は何か言いたそうだったが…。

「道空さん、今日はいろいろありがとうございました。またどこかで…」

 立花はていねいに頭を下げ、その場を立ち去った。ジャイ周がちょっと名残惜しそうにしているのを感じながら…。

 

 強烈な1日だった。思ってもいなかった1日だった。ビックリの1日だった。そして驚異の男・丘陵1年・流鏑馬義の存在は立花の頭にきれいにインプットされた。

 帰り道。

「薫! 来てよかったよ」
「ね、そうでしょう。よかったでしょ、私ってさすがでしょ」

 立花と薫は、またいつもの夫婦漫才のようなしゃべくりをしながら歩いた。

 その横を、小走りの男が通り過ぎた。

「いいもんば見せてもらった。今日は来てよかったばい」

 男はニンマリしていた。 


*第107球へ http://skylove-s.at.webry.info/200604/article_16.html

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