第280球
その時、西宮市の某病院で飛浦海斗は声を失っていた。ロビーのテレビに群がっていた患者さんたちはざわつくばかりだった。守野台(兵庫)のエース・太薙原紘一対瑞泉(西東京)の1年生GSコンビ「S」早瀬将吾。マンモス決勝戦9回表二死からの対決は…。
太薙原は「計算通り」と思っていた。1球目は内角、2球目は外角のストレートでファウル。カウント2-0と早瀬を追い込んでいた。怖いくらいに捕手・石陪歩との打ち合わせ通りだったという。
石陪もこの結果に身震いしていた。「アイツの言う通りになった」と思いながら…。8回裏、先頭打者だった石陪はセカンドフライに倒れてベンチに戻った。すると太薙原がいた。目と目でコンタクトをとり、ベンチ裏へ。そこで、9回の早瀬対策を打ち合わせた。シミュレーションした。石陪は何も言っていない。太薙原が一方的にしゃべった。あまりの勢いに反論する余地もなかった。ただ「わかった。やってみよう」と答えた。その時だけは冷静な太薙原が入れ込んでいるように見えた。話が終わって、ベンチに戻った途端に、その表情は消え、いつもの太薙原に戻ってはいたが…。
早瀬はちょっと焦っていた。体を考えれば、もう限界だった。ここまでの展開は事前に考えていた最悪の展開だった。渾身の一振りだけでも苦しいのに、すでに二振り。肩や足がもう悲鳴をあげていた。残されたものは気力のみ。「このままで終われない」との思いだけだった。
待っていた。太薙原が6回の早瀬に投げた内角への動くボールか、7回にGSコンビ「G」剣源氏に投げた外角に動くボールのいずれかを…。予選の時の太薙原はストレートとスライダーだけ。だが、この試合は2球の動くボール以外は全部ストレート。その2球しか投げていないボールを待った。スライダーはなぜかまったく考えなかった。
太薙原はそんな早瀬の考えを見透かしていた。「アイツはあの球を待っている」。その通り、予測していた。そして打ち合わせの時から3球目を決めていた…。もちろん石陪の3球目サインもその球だった。
守野台アルプス席で太薙原の両親の隣で愛埜望が祈っていた。「紘一君、頑張って」とつぶやきながら。県予選準決勝の夜の「事故」で太薙原はまともに立っていられなかった。定期的なめまいが続いた。そんな時、勇気付けたのが望だった。5歳年上の23歳の看護婦だった。それこそ、いつも一緒のような感じだった。予選決勝に投げられなくて、暴れる太薙原を懸命に慰めたのも望だった。想像以上に体が元に戻らず、いらだつ太薙原を慰めたのも望だった。この望がいなかったら、きっと回復もここまで早くなかったかもしれない。太薙原の両親がそう思うほどだった。マンモスのマウンドで投げられるようになるなんて、あの頃は、まったく想像できなかった。代役の1年生投手・飛浦の頑張りにも勇気付けられたのか、突然、回復していったという。
望は忘れられない。退院の日の太薙原の言葉を、顔を。知り合って、1ヶ月もたっていないのに、ずっと前から知っていたかのような、そんな…。マンモス決勝戦の朝、太薙原が投げると聞いて、望は居てもたってもいられなかった。仕事を休んで駆けつけたのだった。しかし…。
早瀬は鋭い目で3球目を待った。ベンチで見守る剣も自然と力が入った。風喜監督は両の拳をぎゅっと握りしめた。
石陪のサインにうなずいた太薙原は投球動作に入った。足を真一文字にあげる独特なフォーム。軽く土煙が上がった。
KOSMOS放送の塁沢高次アナウンサーが「投げたぁ!」と叫んだ。
コースは外角だった。これに早瀬のバットが…。
「まさか」。ベンチの剣が小さくつぶやいた。
止まっていた。早瀬のバットが止まっていた。
太薙原が投げたボールが石陪のミットに吸い込まれた。
スタンドが一瞬、息をのむ。
3球目は外角へのスライダーだった。この試合、太薙原が初めて投げた切れ味鋭いスライダーだった。
そして…。
「ボール」。
一瞬静寂のスタンドがそんな球審のコールと同時に再び、大歓声に包まれた。
いったん打席を外して早瀬は一息ついた。ここで太薙原はスライダーを投げ込んできた。別に珍しい配球ではない。ただ、ここまでの剛球一直線だったことを考えれば…。もっとも、普通の打者なら、空振りしたことだろう。それくらいきわどいところに切れ味鋭い球だった。
カウント2-1。さあ、次は…。
もっとも太薙原―石陪のバッテリーには今のスライダーを見逃されて2-1になるのも予定通りだった。
4球目も決まっていた。
それは早瀬の待つ球種だった。
太薙原は「計算通り」と思っていた。1球目は内角、2球目は外角のストレートでファウル。カウント2-0と早瀬を追い込んでいた。怖いくらいに捕手・石陪歩との打ち合わせ通りだったという。
石陪もこの結果に身震いしていた。「アイツの言う通りになった」と思いながら…。8回裏、先頭打者だった石陪はセカンドフライに倒れてベンチに戻った。すると太薙原がいた。目と目でコンタクトをとり、ベンチ裏へ。そこで、9回の早瀬対策を打ち合わせた。シミュレーションした。石陪は何も言っていない。太薙原が一方的にしゃべった。あまりの勢いに反論する余地もなかった。ただ「わかった。やってみよう」と答えた。その時だけは冷静な太薙原が入れ込んでいるように見えた。話が終わって、ベンチに戻った途端に、その表情は消え、いつもの太薙原に戻ってはいたが…。
早瀬はちょっと焦っていた。体を考えれば、もう限界だった。ここまでの展開は事前に考えていた最悪の展開だった。渾身の一振りだけでも苦しいのに、すでに二振り。肩や足がもう悲鳴をあげていた。残されたものは気力のみ。「このままで終われない」との思いだけだった。
待っていた。太薙原が6回の早瀬に投げた内角への動くボールか、7回にGSコンビ「G」剣源氏に投げた外角に動くボールのいずれかを…。予選の時の太薙原はストレートとスライダーだけ。だが、この試合は2球の動くボール以外は全部ストレート。その2球しか投げていないボールを待った。スライダーはなぜかまったく考えなかった。
太薙原はそんな早瀬の考えを見透かしていた。「アイツはあの球を待っている」。その通り、予測していた。そして打ち合わせの時から3球目を決めていた…。もちろん石陪の3球目サインもその球だった。
守野台アルプス席で太薙原の両親の隣で愛埜望が祈っていた。「紘一君、頑張って」とつぶやきながら。県予選準決勝の夜の「事故」で太薙原はまともに立っていられなかった。定期的なめまいが続いた。そんな時、勇気付けたのが望だった。5歳年上の23歳の看護婦だった。それこそ、いつも一緒のような感じだった。予選決勝に投げられなくて、暴れる太薙原を懸命に慰めたのも望だった。想像以上に体が元に戻らず、いらだつ太薙原を慰めたのも望だった。この望がいなかったら、きっと回復もここまで早くなかったかもしれない。太薙原の両親がそう思うほどだった。マンモスのマウンドで投げられるようになるなんて、あの頃は、まったく想像できなかった。代役の1年生投手・飛浦の頑張りにも勇気付けられたのか、突然、回復していったという。
望は忘れられない。退院の日の太薙原の言葉を、顔を。知り合って、1ヶ月もたっていないのに、ずっと前から知っていたかのような、そんな…。マンモス決勝戦の朝、太薙原が投げると聞いて、望は居てもたってもいられなかった。仕事を休んで駆けつけたのだった。しかし…。
早瀬は鋭い目で3球目を待った。ベンチで見守る剣も自然と力が入った。風喜監督は両の拳をぎゅっと握りしめた。
石陪のサインにうなずいた太薙原は投球動作に入った。足を真一文字にあげる独特なフォーム。軽く土煙が上がった。
KOSMOS放送の塁沢高次アナウンサーが「投げたぁ!」と叫んだ。
コースは外角だった。これに早瀬のバットが…。
「まさか」。ベンチの剣が小さくつぶやいた。
止まっていた。早瀬のバットが止まっていた。
太薙原が投げたボールが石陪のミットに吸い込まれた。
スタンドが一瞬、息をのむ。
3球目は外角へのスライダーだった。この試合、太薙原が初めて投げた切れ味鋭いスライダーだった。
そして…。
「ボール」。
一瞬静寂のスタンドがそんな球審のコールと同時に再び、大歓声に包まれた。
いったん打席を外して早瀬は一息ついた。ここで太薙原はスライダーを投げ込んできた。別に珍しい配球ではない。ただ、ここまでの剛球一直線だったことを考えれば…。もっとも、普通の打者なら、空振りしたことだろう。それくらいきわどいところに切れ味鋭い球だった。
カウント2-1。さあ、次は…。
もっとも太薙原―石陪のバッテリーには今のスライダーを見逃されて2-1になるのも予定通りだった。
4球目も決まっていた。
それは早瀬の待つ球種だった。
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