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zoom RSS 第262球

<<   作成日時 : 2008/07/19 02:35   >>

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 グラブを外して、軽く屈伸した。それから、ユニホームを脱ぎ、アンダーシャツを脱いだ。バッグからタオルを取り出し、汗を軽くふき取った。左手で右ひじを触った。右肩をなでた。深呼吸して、新しいアンダーシャツを着た。もう一度ユニホームに袖を通した。帽子をかぶりなおした。グラブを持った。ベンチに向かった。


 中断から20分。1点リードされた瑞泉(西東京)ナインの祈りが通じたのだろうか。雨は小降りになってきた。球場係員がグラウンドを再整備し始めた。試合再開に向けて、動き出した。



 守野台(兵庫)アルプス席はまだざわざわしていた。大騒ぎしていた飛浦海斗の応援団・海斗マニアたちが、これまでの「海斗コール」ではなく、「守野台」「守野台」…と連呼していた。約10分前の出来事の後から、そう変わっていた。



 それは、まだ降りしきる雨の中でのことだった。守野台ベンチから、突然、飛浦が飛び出し、アルプス席前にまで駆け寄ってきた。雨にうたれながらも、女性ファンをひきつけた整った顔からは自然な笑みがこぼれている。そして立ち止まった。




 「応援、ありがとうございました」



 帽子をとって、そう声を上げ、頭を下げた。



 「ありがとうございました」



 繰り返し、また頭を下げた。



 「ありがとうございました」



 そういいながら、今度はグラウンドのあらゆる方向に一礼した。その声がすべてのスタンドにまで届いてはいないだろう。だが、雨の中、深々と頭を下げるシーンは何ともいえない雰囲気ではあった。



 海斗マニアたちはわかっていたのだろう、飛浦の行動の意味を…。それから、雨の中、これまで以上の「海斗コール」が続いた。飛浦が駆け足でベンチに戻っていき、スタンドから見えなくなるまで、それは続いた。



 海斗マニア団長の香村瞳は泣いていた。雨とまじって、顔は無茶苦茶、ぬれていたが、それは周りも気がついた。他の海斗マニアたちも涙をぽろぽろこぼしていた。



 「さぁ、これからは守野台コールで、いくよ!」。瞳が涙声を張り上げた。




 「守野台! 守野台! 守野台!」


 「守野台! 守野台! 守野台! 守野台!」


 「守野台! 守野台! 守野台! 守野台! 守野台!」…。



 「海斗!」に比べたら、少々、言いづらそうだったが、すぐに慣れた。雨の中、何度も何度も…。




 ベンチに戻った飛浦は紀中監督に「すみません、ちょっといってきます」と告げた。



 「あやまることはない! 早くいけ!」。紀中監督はわざと強い口調でそう言った。




 スタンドに頭を下げに行くときも、頭を下げたときも、ベンチに戻ってきたときも、同じだった。飛浦の右腕は…。



 その時はまるで感覚がなかったという。右腕全体の感覚が…。



 紀中監督は心を痛めていた。反省していた。ここまで飛浦を投げさせてしまったこと、打たせてしまったこと、将来のある1年生投手、まだ体ができていない1年生投手にここまで無理をさせた自分自身をせめていた。



 飛浦は病院に向かった。「試合の最後まで、ベンチにいさせてください」。紀中監督に、そう直訴したが、却下された。食い下がってもダメだった。


 あきらめた。そして「ここまでこれたのは応援のおかげですから、支えてくれたいろんな方々のおかげですから」といって、雨のグラウンドに飛び出したのだった。



 飛浦が球場を出てから、約10分が経過したころに雨が小降りになった。



 さらに時間が経過し、ついに試合再開の時が来た。その時にタイミングを合わせるかのように、雨も止んでいた。



 7−6。守野台1点リードで迎えた6回表、瑞泉の攻撃が始まる。守野台ナインがグラウンドに走った。もちろん、マウンドに飛浦はいない。場内アナウンスが響いた。



 「ピッチャー、飛浦君に代わりまして…」


 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
すっかりご無沙汰してます。kaneです。
最近自分のブログの更新がままならず、
こちらの小説からもちょっと離れていましたが、
今日、じっくりまとめ読み。
これから継続し拝見します。
いやいや、久しぶりに堪能しました。
kane
URL
2008/07/19 15:07
kaneさんへ。
コメントありがとうございます。アンドロメダは週イチペースですが、おかげさまで書き続けております。今後とも、どうぞよろしくお願いします。
妃垣俊吾
URL
2008/07/20 02:10

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